ある家族は、頻繁に起こる困難に直面しています。冷蔵庫がまた故障したのです。修理業者を呼ぶべきか、はたまたこの年季の入った家電を単に買い替える方が道理にかなっているのか。冷蔵庫は既に保証が切れており、メンテナンス履歴もありません。よって、これは難しい決断です。
10年前に憧れのデザイナー・トレンチ・コートを購入した若い女性を想像してみてください。今では、そのコートはクローゼットの中でほこりを被っています。むしろ、買取業者に査定を依頼することで、ヴィンテージ・マニアにその歴史と価値を新たに見いだしてもらうことができるかもしれません。
このような状況は、深刻化している課題を浮き彫りにしています。経済協力開発機構(Organisation
for Economic Co-operation and
Development:OECD)によると、地球上の資源消費量は1970年以降3倍に増加しており、2060年までにはさらに倍増すると予測されています。製品は往々にして早期に廃棄され、その生産地、価値、部品、メンテナンス履歴に関して知り得る情報の不足により、潜在的な寿命が短くなっています。このような知識を持つことで、より倫理的な購入決定や、修理、再利用、リサイクルに関する情報の入手へとつながり、最終的に製品のライフサイクルが延長され、無駄を最小限に抑えることが可能になります。
デジタル製品パスポート(Digital Product
Passports:DPP)は、製品のトレーサビリティとライフサイクル管理のための変革的なツールとして登場しました。その製造からライフサイクルの終了に至るまで、製品に関する包括的な情報がデジタル形式で記録されます。DPPに近距離無線通信(Near
Field
Communication:NFC)テクノロジを統合する際には、数十億ものデバイスで使用されている既存のコンポーネントを活用します。これは、サステナビリティ目標を達成するために不可欠です。このアプローチにより、メーカーはNFC対応の「デジタル・フィンガープリント」を幅広い製品に組み込むことができるようになり、また消費者は、スマートフォンをタップするだけで詳細な製品情報にアクセスすることが可能になります。
NFCにより、製品情報や修理ガイドにすばやくアクセスできます。
透明性の義務付け:次に購入する製品はパスポート付きかも
欧州連合は、エコデザイン規則(Ecodesign
for Sustainable Products Regulation:EU
ESPR) などのイニシアチブを掲げ、持続可能な製品管理を推進しています。ESPRは、2024年7月より施行されており、EUで販売される幅広い物理的製品に適用され、DPPの導入を含む厳格な要件の遵守を義務付けています。さらに、2027年2月に施行されるEUバッテリー・パスポート規制では、EU市場で販売されるすべての産業用バッテリーを対象に、ライフサイクル全般にわたる情報を提供するデジタル・パスポートを備えることが要件となっています。
アパレルおよび民生用電子機器は、DPP規制の優先分野となっています。2030年を目途にDPPの全面的適用が目指されており、食品、飼料、医薬品を除き、EU市場の多くの製品がDPPの要件の対象となります。
透明性と循環性を求めるこの規制の推進により、メーカー、販売事業者、消費者は、製品ライン全体でより持続可能な取り組みを採用することが促されています。類似した規制が世界中で検討されています。
NFCによって実現するデジタル製品パスポート
DPPの導入には、適合性を確保し、グローバル・レベルのサプライ・チェーンおよび使用チェーンを再構築するための革新的なソリューションが必要です。NFCタグは、さまざまな業界で既に実績があり、DPPを導入するための堅牢でセキュアなソリューションとして注目を浴びています。
2002年にNXPとSonyが共同開発したNFCテクノロジは、QRコードなどの代替技術と比べて、次のような大きなメリットがあります。
- オンラインおよびオフラインでの柔軟なデータ・アクセス:NFCタグにより、クラウド上の製品DPPに加えて、製品自体の完全/部分DPPストレージにも簡単にアクセスできます
- 堅牢なセキュリティ:NFCタグには、データの完全性とDPP情報へのアクセス権を確保するための暗号化属性が備わっています
- 比類のないデータ保持寿命:NFCタグは製品情報を10~50年間保存できます
- シームレスなタグ統合と優れた耐久性:NFCタグは、可視性を必要としないため、見えない機能として製品に直接埋め込むことができます。NFCタグは、摩耗や破損に耐えるように作成できます
- 迅速なデータ・アップデートが可能:NFCタグのデータは、ステータスの変更時など、製品のライフサイクルを通じてローカルでアップデートできます
- ユニバーサルな互換性:NFCタグは、ほぼすべての最新スマートフォンを含むあらゆるNFC対応デバイスからアクセス可能です
- プライバシー保護の強化:NFCタグはプライバシー機能が強化されており、製品からその所有者へのマッピングやリンクを防止することができます
NFCタグは、DPPにおける優れたデータ・キャリアとして機能します。製品のライフサイクル全体にわたって読み取り性能を維持するとともに、オンライン・プラットフォームへのデータのリンクと製品自体への一部データのローカル保存の両方に対応し、重要な情報にオフラインでアクセスすることが可能です。各製品には、デジタル・ツインに接続する一意のデジタル識別子が備わっています。この情報は、クラウドベースのプラットフォーム内で保存および視覚化することができ、メーカー、小売業者、消費者、修理業者、またはリサイクル業者がアクセス権に基づいて選択的にアクセスできます。
製品情報の新時代
より優れた製品ライフサイクル管理を求めている各業界では、率先してNFC対応のDPPを導入しています。「1つのタグで、複数のユース・ケース」を実現するNFCテクノロジの汎用性は、さまざまな分野での幅広い応用を可能にします。
電子製品の場合、NFCによって製品情報や修理ガイドにすばやくアクセスでき、ユーザーが適切なスペア・パーツや最寄りの修理サービス業者を見つけるのに役立ちます。白物家電などの家電の場合、NFC対応のDPPによってメンテナンス・プロセスが合理化されるという利点があります。技術者が仕様や修理履歴に即座にアクセスできるため、効率が高まり、製品の寿命も延びます。同様に、自動車メーカーも、NFC対応のDPPをバッテリーのトレーサビリティに活用し、規制への適合を確保すると同時に、バッテリーの状態をチェックして使用方法やリサイクルの最適化に役立てることができます。
アパレル分野においては、NFCによって、消費者が製品の生産地、材料、環境への影響について知ることができるようになります。これは、消費者による持続可能な購買決定を促すことや、お手入れ方法へのアクセスを通じて製品の寿命を延ばすことに役立ちます。同様に、ハイエンド・ファッションや高級品の分野では、NFC対応のDPPを活用して、偽造品やグレー・マーケットへの対策を講じています。お客様は容易に商品が本物であるかを検証したり、生産から販売までの流通過程を追跡したりできます。高級品業界では、修理/補修サービス、中古品の寄付や再販プログラムなど、循環型経済の推進に取り組み始めています。家具業界では、DPPにより、持続可能な方法で製造されていることを検証したり、環境に優しい材料や再生材を使用していることを示したり、お手入れ方法や質の高い修理サービスへのアクセスを提供したりできます。
NFCテクノロジの進歩と規制の厳格化に伴い、多様な業界にわたってDPPがさらに革新的に応用されることが期待されます。
NFCによって、消費者が製品の生産地、材料、環境への影響などを知ることができるようになります。
NFC対応のデジタル製品パスポートで拡張を実現
この変革には消費者教育が不可欠です。ユーザーはNFC対応製品との関わり方を理解する必要があるためです。また、さまざまな製品カテゴリにわたって、堅牢なセキュリティと費用対効果を両立させることも重要です。NXPのような企業では、日用品向けの基本的対策から、供給や使用において脆弱性を伴う高額商品向けの高度な暗号化データ保護やアクセス権まで、階層化されたセキュリティ・オプションを提供することでこの課題に対応しています。
NFCタグは、オフラインでのデータ・アクセスが不可欠な状況では、重要な情報をローカルに保存する一方、追加のデータはクラウドから取得することで、信頼性の高いソリューションを実現します。このハイブリッド・アプローチは、オフラインでのデータのアップデートをサポートし、製品が開封または改ざんされた場合に記録される開封検知などのリアルタイム機能を可能にします。これにより、製品のライフサイクル全体にわたって、その完全性と使用状況に関する重要な情報が提供されます。
NXPでは、さまざまな要件に対応するために、柔軟性が高いNFC対応DPPソリューションを提供しています。メーカーは、特定の製品ニーズや市場の需要に合わせて実装をカスタマイズできます。NXPは、NFCフォーラムなどの業界内連携に積極的に関与しており、EUのESPRならびにDPPデータの標準化を目指すCEN-CLC/JTC 24に準拠したNFC
DPP仕様の策定に取り組んでいます。このように主要な標準化団体と整合性を図ることで、将来のDPPにおけるNFCの役割が一層強化され、業界全体での相互運用性の確保と幅広い普及につながります。
トレーサビリティを超えて:持続可能な未来を推進するDPP
NFCテクノロジとDPPの活用は、まだ始まりに過ぎません。いずれも、シームレスなデータ交換とリアルタイムでの製品モニタリングを提供するIoTエコシステムとの統合を強化することで、さらにパワフルなものとなります。DPPで処理される高度なデータ分析は、製品の使用に関するより深い洞察を引き出し、メーカーが設計、生産、リサイクルのプロセスをさらに最適化し、ライフサイクル管理の改善を図りながら、新たなビジネス・モデルの可能性を解き放つのに役立ちます。
あらゆる製品がデジタルIDを持つ未来へと向かうにつれて、NFCは循環型経済における信頼性と透明性を促進するうえで中核を担います。継続的なイノベーションと連携により、NFC対応のDPPは、画面を1回タップするだけで製品との関わり方に革命を起こし、より持続可能な世界の実現を推進します。NXPのNFC製品について詳しく知り、この革命の一端を担うには、こちらをご覧ください。
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