エッジでインテリジェンス機能を活用するという、コンピューティングの新時代が到来しています。工場用ロボットから、ドライバーを支援したり、同乗者を楽しませたり、宿題のお手伝いまでこなしたりするスマート・ビークルまで、その利用範囲は広がっています。今日のAIは、リアルタイムの意思決定をオンデバイスで処理することが求められるため、ローカル環境への導入、瞬時の対応能力、優れた効率性と安全性が必要になります。
NXPが大きな一歩を踏み出した理由はそこにあります。NXPは、2025年10月27日、高性能かつ低消費電力のディスクリート・ニューラル・プロセッシング・ユニット (DNPU) 分野のパイオニア企業の1つであるKinaraの買収手続きを正式に完了したことを発表しました。
この買収の重要性とは
未来のインテリジェント・システムは、エッジが中心となります。工場の予知保全からスマート・カメラの生成AIまで、エッジ・システムはクラウドに依存することなく、複雑な推論ワークロードをローカルで処理することが求められます。このようなエッジへの移行によって、レイテンシの短縮、データ・プライバシーの強化、データ通信コストの削減、レジリエンスの向上といった、魅力的なメリットがもたらされます。しかしそのためには、デバイスで高水準のコンピューティング性能とエネルギー効率を達成する必要があります。
一方、開発企業の間ではセキュリティと費用対効果に優れ、消費電力の少ないAIソリューションが求められていることから、エッジAIプロセッシングの市場が急成長を遂げています。Omdiaが2024年末に発表した予測によれば、AI搭載エッジ・ハードウェア(ユーザーとのネットワーク・ラウンドトリップ時間が20ミリ秒以内で、マイクロコントローラ・クラス以上のコンピュータを搭載したハードウェアと定義されます)の市場は、同年末の430億ドルから2029年には897億ドルに成長すると見込まれています1。
NXPはKinaraの買収により、高性能ディスクリートNPUのラインナップを大幅に強化し、AI搭載エッジ・システム向けのスケーラブルなプラットフォームを確立しました。NXPに加わることになるKinaraのAIエンジニアは、MLハードウェア、ソフトウェア・スタック、アプリケーション統合の分野で豊富な経験を有しているため、大きな戦力となるでしょう。さらに、本番環境向けのソリューションを開発するお客様のためのNXPのソフトウェア製品も、この買収によって機能が強化されます。
ディスクリート・ニューラル・プロセッシング・ユニットが、エッジ・インテリジェンスを大きく変えていきます。NXPとKinaraがローカルAIをどのように進化させるかについては、公式プレスリリースをご覧ください。
エッジで求められるのは効率性と拡張性に優れたAI
Kinaraのフラッグシップ製品であるAra-1とAra-2は、幅広いエッジAIワークロードに対応できるよう設計されたディスクリートNPUです。第1世代チップであるAra-1は最大6 eTOPS²の性能を発揮し、ビジョン用途を中心としたエッジ・ユースケース向けに既に大量に納入されています。第2世代チップのAra-2は、最大40 eTOPS²のパフォーマンスを発揮する高性能チップで、生成AI、大規模言語モデル (LLM)、視覚言語モデル (VLM)、視覚言語アクション・モデル (VLA)、エージェントAI、システムレベル・アクセラレーションに特化して最適化されています。
Ara-2は畳み込みニューラルネットワーク (CNN) とトランスフォーマ・ベース・アーキテクチャの両方をサポートし、最新のAIに求められるコンピューティング性能とメモリ帯域幅に対応できるよう設計されています。ビジュアル入力に音声やテキストを組み合わせて状況に応じた推論を行うといった、大規模言語モデルやマルチモーダル・アプリケーションの処理を得意とします。
Ara-2によって、AIを利用するコンピューティング・システムや組込みシステムにおける生成AIおよびLLMのリアルタイム実行が可能になるため、レイテンシの短縮、運用コストの低減、データ・プライバシーの強化が実現します。
Ara-1とAra-2を支えるのは、プログラマブルなRISC-Vベースのデータフロー設計を採用したアーキテクチャです。この設計により、推論エンジンで独自の積和演算 (MAC) ユニットを複数使用し、効率的に解析と演算を実行できます。その柔軟性を活かし、AIアルゴリズムの進化に合わせてソリューションを修正できるため、エンジニアは現時点のワークロードに対応しながら、将来想定されるワークロードに向けて調整を加えることができます。
KinaraがNXPを補完する
Kinaraの価値は、半導体製品だけにとどまりません。Kinaraは包括的なAIソフトウェア・スタックを保有しており、その中にはソフトウェア開発キット (SDK)、モデル最適化ツール、さらに最適化済みAIモデルの充実したライブラリが含まれます。今後Kinara SDKはNXPのeIQ®ソフトウェア開発環境に統合されるため、開発者はAIアプリケーションを簡単に構築、最適化して、両社の製品を組み合わせた環境に簡単に導入できるようになります。
包括的なAIソフトウェア・スタックに、ソフトウェア開発キット (SDK)、モデル最適化ツール、さらに最適化済みAIモデルの充実したライブラリが含まれています。 ブロック図をダウンロードすると、拡大図がご覧いただけます。
この統合ツールは、シームレスでシンプルな開発者向けユーザー・エクスペリエンスを備えています。スマート・カメラ、音声アシスタント、予知保全エンジン、マルチモーダル・ヒューマン・マシン・インターフェースなど、幅広い開発作業をこの1種類のツールで行うことができます。NXPのアプリケーション・プロセッサ、ディスクリートNPU、パワーマネジメント、セキュリティ、コネクティビティの製品群はすべて、卓越したソフトウェア・サポートによって支えられています。
また、KinaraのディスクリートNPUは、i.MX 8M Plus、i.MX 95などのNXP i.MXアプリケーション・プロセッサ (MPU) と容易に組み合わせることができます。エッジAIのユースケースでは、DNPUアクセラレータによって負荷の大きい推論タスクをオフロードする一方、MPUによって前処理と後処理、さらに汎用コンピューティングを管理できます。このシナジーにより、お客様はアプリケーション・プロセッサに負担をかけずにAI性能を高めて、コストや消費電力の目標に応じたシステム・レベルの柔軟性を達成できます。
今回の買収により、NXPのプロセッサ、コネクティビティ、セキュリティ、先進アナログ・ソリューションのポートフォリオにディスクリートNPUと堅牢なAIソフトウェアが加わったことで、NXPはTinyMLから生成AIまで、包括的でスケーラブルなAIプラットフォームをさらに強力に推進できるようになります。 ブロック図をダウンロードすると、拡大図がご覧いただけます。
さらに、Kinaraは以前からNXPパートナー・プログラムのメンバーであり、NXPアプリケーション・プロセッサを組み合わせたシステムの導入を既に成功させた実績があることから、お客様は安心してこのソリューションを導入できます。
両社の製品が生成AIの力を解き放つ
NXPのポートフォリオにディスクリートNPUが加わったことで、NXP製品を利用して複雑な生成AIと大規模言語モデルのタスクをエッジ上で実行できるようになりました。生成AIは画像と動画をリアルタイムで解釈し推論を実行することを得意とするため、高品質の視覚情報から明確な情報を抽出し、的確な意思決定に貢献します。Ara DNPUデバイスはマルチモーダルLLMモデルの実行機能を備え、画像や動画から特徴やコンテキスト情報を抽出したり、テキスト入力と音声入力を使用してビジュアル入力に基づくタスクを実行したりできるため、高齢者の監視、産業安全分析、工場の危険検出、ビルや住宅のセキュリティなどのアプリケーションにおけるライブ分析を可能にします。
小売業界では、生成AIを利用することで、バーチャル・ショールームや個々の顧客の嗜好に合わせた商品デザインが可能になります。製造業界では、DNPUソリューションに生成AIとエージェントAIを組み合わせることで、効率性、精度、適応性を高め、多様な業界でそれぞれの目的に合わせた革新的な自律アプリケーションの実現を目指すことができます。
将来を見据えて
新しいAIユースケースが次々と登場している現在、エッジは急速に進化しています。Kinaraの買収により、NXPはマイクロコントローラ、アプリケーション・プロセッサ、ディスクリートNPUを網羅する、業界屈指の幅広いエッジAIコンピューティング関連ポートフォリオを提供する企業となり、どのようなエッジ・アプリケーションにも対応できるフルスタック・ソリューションをお客様にお届けできます。お客様はNXPの包括的な製品ポートフォリオを利用して、開発時間を短縮し、システムの複雑さを最小限に抑え、競合他社と差別化したAIエクスペリエンスの開発に集中することができます。
1Omdia Market Radar: AI Processors for the Edge 2024, Alexander Harrowell, 23 April 2025.
²eTOPS = 相当TOPS。